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詩と能楽の違い 楊貴妃

四日に能楽鑑賞いたしまして、番組に楊貴妃がございました。
楊貴妃と言えば、玄宗皇帝ですね。
白居易長恨歌では、皇帝、楊貴妃及び方士が登場し、詩の様式で物語が進行いたします。
一方能楽では、楊貴妃、方士のみが登場し、能の様式で物語が進行いたします。なお詩の言葉が、謡にもそここに使用されています。しかし、詩と能楽では場面が進行して後半の人物行動に違いがあります。
詩つまり長恨歌では、楊貴妃が金のかんざしを二つにさいて方士に渡し、そして自発的に、皇帝との思い出の言葉を、かんざしその他を頂いて帰ろうとする方士に語ります。その言葉は次の場面で皇帝に伝えられ、そこで彼女を失ったことを皇帝が長恨して詩は終わります。
対して能では、冠の一部のかんざしを楊貴妃は渡そうとするのですが、方士がそれよりも、二人だけが知っている思い出はないかと楊貴妃に問いかけます。そこで彼女はその言葉を語り、続いて、帰ろうとする方士に舞をみせます。最後に方士は去り、皇帝とは違う世界に留まり続ける楊貴妃はかなしんで劇は終わります。
詩には皇帝のかなしみが、能楽には楊貴妃のかなしみが表現されているように思いました。
能の様式には登場人物としての皇帝がおりません。それが、このような違いになるのだと思います。