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茶の湯の季節感

梅付紅梅

稽古場で、茶碗や道具には旬ごとの季節の品がある。ティーカップにも種類はあるだろうが、さすがに十日ごとにはないだろう。とすれば、色々の道具の扱いで忙しいけれど、この季節感がやはり日本なのではないか、とのお話しがありました。
私もそうだなあと思って、ひとつ仮説を立ててみました。
連歌師による古今伝授が、茶の湯の美意識やマネンジメントに受け継がれているのではないでしょうか。侘びた茶碗を使うことはそうではないかもしれませんが(いや、冷え枯れかもしれませんが)道具組で好文棚を使うことは、抽象柄だけれどもどこか春らしいお茶碗を使うことは、それをそうさせる美学は古今伝授の流れによるものではないでしょうか。
茶の湯はこの美学の上に、禅の寺院文化や清めの神社文化が立体的に積み重なっているのではないでしょうか。侘びとは古今伝授の一種の変形なのではないでしょうか。このような文化の積み重ねが日本なのだろうな・・・
などと考えながら、筒茶碗と格闘しておりました。ここまでお読み下さり、ありがとうございました。