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源氏物語に学ぶ十三の智恵 其の二

文詞付遺文

放送大学における"和歌文学の世界"の講義中に源氏物語の回で、島内景二先生の 「有門空門 亦有亦空門 非有非空門」 という言葉があり、「紫式部源氏物語を書いたことに意味があった...意味がなかった...」とありまして、その言葉をもっと深く知りたいと思っておりました。
しかしそれは去年のことで、放送大学のこの講義に出会えただけでもよかった、と思っていたのです。
ところが本日時間があり、手許の源氏物語必携事典(角川書店)をめくっておりますと、そのまえがきにも、「源氏物語を読むことで知恵を培い...」などというくだりがありました。そこで、そうか国文学者の方々はこういうご意見がおありなのか。ともかく、やはり島内先生のラジオ放送と遭遇してよかった、と考えておりますと、この事典の編者の一人、秋山虔先生は島内先生の教官であった、とのことでした。

源氏物語に学ぶ十三の智恵

文詞付遺文

休日に絵を描きながら、ラジオを流しておりますと、聞き覚えのあるお声で、古典文学の話が聞こえてまいります。このお声は去年放送大学の“和歌文学の世界”でお聞きした先生のものではないか。この文章の、言葉の並びが・・・と思っておりますと、やはり島内景二先生でした。三月まで毎週ラジオで拝聴できるようです。NHKのテキストも販売されております。

放送が待ちきれなくて、先にテキストを読んでいるのですが、源氏物語からなにを読み解くのかは時代によりいろいろだそうです。そして、それまでの読み方を継承せずに、いわばリセット状態にして読んだのが、二百年程前の本居宣長とのことでした。源氏物語もののあはれであると言った天才です。

それで私も高校では、そのように習ったのですが、この「ものあはれ」が源氏物語を読むにはしっくりこなかったんですね。ちょうど、近代主観主義的芸術観(この言葉は青山昌文先生の講義で知りました。)がしっくりこなくって、それより前にあった長い伝統的芸術観のほうがよかったというか。まあ、こちらの話は正確には美学なのですけれども。

私の祖父母は大正の生まれで、受けた教育も私の父母とは違い、人格に近世的な部分がありました。その祖父たちもとうに亡くなり、その考えをついで新しい時代がうまれた訳でもないと思っているので、近代ではない伝統に、新しい時代をよりよいものにとする美を私は探しているのかもしれません。

茶の湯の季節感

梅付紅梅

稽古場で、茶碗や道具には旬ごとの季節の品がある。ティーカップにも種類はあるだろうが、さすがに十日ごとにはないだろう。とすれば、色々の道具の扱いで忙しいけれど、この季節感がやはり日本なのではないか、とのお話しがありました。
私もそうだなあと思って、ひとつ仮説を立ててみました。
連歌師による古今伝授が、茶の湯の美意識やマネンジメントに受け継がれているのではないでしょうか。侘びた茶碗を使うことはそうではないかもしれませんが(いや、冷え枯れかもしれませんが)道具組で好文棚を使うことは、抽象柄だけれどもどこか春らしいお茶碗を使うことは、それをそうさせる美学は古今伝授の流れによるものではないでしょうか。
茶の湯はこの美学の上に、禅の寺院文化や清めの神社文化が立体的に積み重なっているのではないでしょうか。侘びとは古今伝授の一種の変形なのではないでしょうか。このような文化の積み重ねが日本なのだろうな・・・
などと考えながら、筒茶碗と格闘しておりました。ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

字体探求

文詞付遺文

言の葉は 露もるべくも なかりしを 風に散りかふ 花を聞くかな という歌を筆写するために文字を探しております。奈良文化財研究所と東京大学史料編纂所のデータベースで検索した草露貫珠(江戸時代の辞典だそうです)の文字の中の幾つかを練習してみようと思っております。

この歌をもとにサロンの名前を決めました。これで一枚の絵を描いてみたいと思っておりますが、なかなか難しい歌です。

『美学・芸術学研究 』 メモ

文詞付遺文

放送大学大学院文化科学研究科の講義 美学・芸術学研究 ( 講師 放送大学教授 青山昌文先生)を録画してテキストとあわせて勉強しております。全15回です。何回か繰り返し視聴いたしました。テキストは購入して読めそうなときに、まとめて読んでおります。以下はそのメモです。

西洋と東洋の図式的対立でもなく
心で演じるということでもなく
西洋では自然美がないのでもなく
感受性が大切でもなく
芸術は無限であるのでもない。

近代化する前の西洋の伝統がある。
頭で演じられれば、品質を保って何回でも演じられる。
廃墟は自然美と芸術美の一体化したもの。キリスト教は山岳美に価値を置かなかった。
感性と知性は大切。
芸術は人間が作った有限のもの・・・ 

当然ですが、これらの言葉の奥に青山教授やほかの方のお考えがあります。このような講義を自宅で(放送大学に入学していないので、申し訳ないのですが)無料で視聴できることはありがたいです。

茶碗の中の宇宙展@京都近代美術館

立春

2月4日に行って参りました。三階が主展示場です。四階に、茶碗の全周展開図のような写真画像が、垂直になった端から高速の車窓景色のように流れ、全面が線になればまた別の茶碗画像が垂直に端から寄ってくるという作品がありました。それにより当代と初代の茶碗映像を、またその逆を往き来しています。映像のもととなった碗はスクリーンの左右の空間に置かれておりました。
鑑賞しながら、楽家の方々が、そしておのおの茶碗とその土が歴史の中を旅しているのだと感じました。
先代のお茶碗にひときわ親しみを感じましたが、それは育った時代のものだからかもしれません。
帰り道に学生時代に通っていた画材店におじゃまいたしまして、とても幸せな時間をすごさせていただきました。4日は立春で一種のはじまりの日ですね。ここまでご覧下さり、ありがとうございました。
https://www.instagram.com/p/BQHfTXvB0ei/

かきもち

山家

https://www.instagram.com/p/BQAUJuXB2wA/

かきもちを作っています。乾燥した冬の日に干します。最近は、座敷机のうえに紙を敷いて乾かしています。

えび、しょうゆ、あおのり、しょうが味です。

もう少しして、大気が暖かくなれば、かきもちづくりも終わりになります。